• オモタニカオリ

わたしが写真展をひらく理由













突然だけど、会話というのは「心の呼吸」だ。


わざわざ次の日に言うほどでもないこと、

文字にするにはあまりに馬鹿らしくて書くのをやめてしまうようなこと、

例えば今日高架下にいた変な人の話、とか、

エアコンから変な音がしてうるさいとか、

今日交差点でたまたま顔を上げたら、

目の前に赤い郵便局の車が3台並んでたよ、とか。


そんな小さなことを、人は会話しながら心の中から吐き出して忘れる。


言葉にする前に消えてしまう感情。

例えば眉間のシワが見せるイラつきや、

鼻唄にのって流れだす喜びや、

無言であらわす不機嫌とか、

言葉にしなくたって同じ空間を共有する限り

自然と態度や表情からも他人と会話をし、心は深呼吸をしている。


会話によって吐き出されなかったり、

会話の機会を逃したこの小さな小さな言葉や感情は、

心の奥底に、澱(おり)のように降り積もる。

降り積もったこの澱は、時々溢れ出してヒステリーを起こしたり、

暴力となったり、

酷いときには内側に牙をむいて、

心を傷つけて病気にしてしまったりする。














アーティストは、特にこの「呼吸」が下手くそな人種だと私は思う。


元来会話が苦手だったり、

人の3倍いろんなことを思っていても言葉にできなかったり、

そうやって心に溜め続けた澱や、

誰にも理解されなくて心の内に鍵をかけてしまい込んだ特別な感情を、

たくさん心に抱え込んでいて、

それを少しずつ切り取って、丸めて、形にする。

納得がいかなくてまた丸めて捨ててしまうものもある。

それが数年経ってまた形になったりする。


何やかんやしてやっことさ出来上がったものを人前に出して見てもらったとき、

初めて心から息を吐き出し、

ようやく感じる。



「私はいま、生きられている」と。
















私が年に1度は写真展をやろうと思う理由のほとんどは、

この「生きられている」という実感を得るためにある。


SNSは、双方向のようでいて、一方通行になりがちだ。

届けているつもりで実は届いていなかったり、

短いコメントでは真意が伝わりきらなかったり、

私も含め多くの人は、「見ているようで見ていなかった」り、

見ていてもなんのリアクションもせず、通り過ぎるだけだ。

大きな声で叫んでいるつもりなのに、聞こえない。振り返ってもらえない。

そんなかんじ。生きた心地がまったくしない。



写真展を開いていつも驚くのは、

この「見ているようで見ていない」人や、

普段いいね!もコメントもしない人が、

私の作品に対して自分の「言葉」を持ってくれていて、

わざわざ展示のために会場に足を運び、

いつも応援していると、ちゃんと伝えてくれること。

私の声は届いていたんだと、その時初めてわかるのだ。

























2020年は、人と会えない年だった。


「自粛」の名の下に、

外に出るなと言われ、

集まることを禁じられ、

老親に会うことすら憚られ、

ライブやイベントは中止になり、

大好きだった店が数軒、静かに無くなった。


「心の深呼吸」が苦手なアーティストという人種にとって、

それはそれは辛い年だったと、ちっぽけな写真家の端くれでも思う。

「だった」と言い切ってしまっていいのかと不安にもなる。

この先、すべてが過去のように戻る保証なんてどこにもない。



私のようなものであれば、思いついた時に自己責任で写真展開催を決め、

数人の友人たちと業者さんの力をお借りすれば数ヶ月で開催にこぎつけるが、

大勢のスタッフや技術者、出演者を巻き込んで行われる舞台やコンサートは、

そう簡単にはいかない。

発表するという目標のない創作は、

出口の見えないトンネルのように暗く辛い。

舞台、ライブツアーやフェスが開催中止・無期限延期となった

アーティストや関係者の方々の心中を思うと胸が苦しくなる。



数日前、一度イベントでご一緒したアイドルさんが自殺未遂をした。

自分に厳しい方だから、

応えなきゃというプレッシャーを与えてしまうのではないかと不安で、

メッセージは送れず、ただ携帯を握りしめて泣いた。

彼女は未遂だったけれど、悲しいことにこの数ヶ月、

その思いを遂げてしまった尊い方々のニュースが後を絶たない。



自分に言い聞かせると同時に、みんなにも知っておいてほしい。

「大好き」という気持ちは、心にしまっているだけでは伝わらないし、

実際に会える機会が減り続けている今、

いつもより更に大きな声で叫ばないと、相手には聞こえないし届かない。



そして、あなたの「大好き」という声でやっと呼吸のできる

生きるのがとんでもなく不器用な人種が、世界にはたくさんいること。


いつかまた、なんの心配も無く会える世の中になっても覚えていてほしい。













(写真展、最終日クローズまでいてくれたみんなと)



最後になりましたが、10月9日から7日間の展示にお越しいただきました

のべ240人の皆さま



私に生きる力をくれて、ありがとう。





写真撮影:

Chiiho photography works

takehiro

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